大きな湯葉

について

キャッチャー・イン・ザ・ライム

キャッチャー・イン・ザ・ライムを読んだ。女子校のラップバトル部の話。絵が良い。コミティアっぽい雰囲気。主な登場人物は4人で、4人とも"語られなかった"人たち。家庭や学校、友人でさえ彼女らを根暗、貧乏人、金持ち、性的少数者といったカテゴリーに当てはめる形でしか語らない。

自主性を育むとか、協調性を育むとか、学校で起きていることはそんな穏やかなことではなく、実際にはアイデンティティーと居場所を巡る闘争だ。そんな中で自分は何者か自分で決定して自分の言葉で語る、そのためにマイクを握る。

「"何かになりたい"ためのHIPHOPじゃねえ!!

隠してる自分の"何か"を晒せっ!!」

一方で、語られた言葉が全てではない。言葉が語られた時、同時に語られなかった言葉も存在する。

数行の詩の背景には教科書を埋め尽くすだけの語られなかった言葉があった。ならば、一瞬の沈黙にはどれほどの「語られなかった言葉」があるのか。社会にはどれほどの「語られなかった人生」があるのか。全2巻で読みやすいのでぜひ直接食らってみてほしい。無言の重みがすごい。

 

明日ぼざろ最終回ですね…………………………………………………