大きな湯葉

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ついに訪れる市川雛菜さん限定pSSRを前に堪えきれなくなった日の記

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・今日はな~んもできなかった。『アイドルマスター シャイニーカラーズ』に登場するアイドルである市川雛菜さん初の限定pSSRカードの登場が明日に迫っているからである。

 

・市川雛菜さんといえば、弱冠15歳にして自分が「しあわせ」であることが善いことであるという倫理を確立させ、その原理に従って日々を楽しく過ごしているメンタルおばけである。その天真爛漫さとは裏腹に、他者を理解する事や他者に理解される事への限界を「そういうもの」として受け止めるリアリストな側面も持ち合わせるが、それでも周りの人々が幸せならなお善いことであると考えられる、利己主義と功利主義を兼ね備えたアイドルでもある。

 

・そんな市川雛菜さんの新規カードが明日登場するのである。私などはここ数ヶ月ガシャの更新がある度にゲロを吐きそうになるほど待ち望んでいたわけで、居ても立っても居られずこのような怪文書をしたためてしまうのも致し方なしという次第です。

 

・現時点で新規カードについてわかっている事は限定的であるが、棺桶で眠る市川雛菜さんの元に骸骨が黒いバラ(紫?)の花束を持ってくるという演出が明らかになっている。何かと"死"がモチーフとして登場しがちなシャニマスではあるが、市川雛菜さんは元々「終わり」への意識を滲ませることが多い。とりわけ「楽しいことはいつか終わってしまう」と自覚する形で描かれることが多く、人生の終わりである"死"は市川雛菜さんと相性の良いテーマではないだろうか。市川雛菜さんの終わりへの意識は、市川雛菜さんが特に慕っている浅倉透さんが持つ「終わらないこと」や永続性、連続性への関心と対比させることができる。事実、【つづく、】の浅倉透さんはビルの屋上から落下してあわやという所で時間が巻き戻り元通りという演出であった。何?どういう事?この対比から何を見い出せば良いんですか?ミスター・プロットツイスト

 

・考えてみると死者(=骸骨)が生者(市川雛菜さん)に花束を持ってくるのは葬式の真逆である。葬式の意味をそのまま逆に取れば市川雛菜さんが生まれるということか。しかしながら、こういった演出で再生の象徴として登場しがちな蝶や蛾はこの演出には使用されていない。これらの演出から予想すると、このコミュでは市川雛菜さんが一旦死ぬものの、冥府の死者達を手懐けた市川雛菜さんが娑婆に帰還する。市川雛菜さんは既に完成されているからそれは再生や生まれ変わりではなく、純粋に市川雛菜さんそのものが再び生まれるということだ。そのようにして市川雛菜さんのそのままのありかたを称えるというコミュではないだろうか(これは全くの嘘です)。

 

・今度のカードでは市川雛菜さんの思想に見え隠れする諦念のようなものについて語られるのだろうか。もしくは、別にそういう内面を明かさずとも市川雛菜さんがしあわせ~ならオタク一同しあわせ~になれるし、それでいいよね?という描き方によって市川雛菜さんの生を肯定してきてもまたよしである。キャラクターを読解したい心と、他者を読解するなど僭越極まりないという心、それが同時に味わえるのがアイドルマスター シャイニーカラーズ。いつもありがとうございます。